F1

「でね、ヴェッテルがまた表彰台だったんですけど、あたしはヴェッテルもかっこいいとは思うんだけどやっぱりバトンのほうが気になるんです」
 久し振りに彼氏と逢えた美咲。22歳年上の彼氏が昔F1に興味があったということから、なんとなくではあったが彼女もF1を観るようになった。とはいっても、完全にドライバーの顔目的だったから、レース展開やらマシンのことなどはまったく理解できていないのだけれど。
 レストランで正面に座る竹内は、ドライバー論議に花を咲かせる美咲の話を頷きながら聞いてくれている。
 その眼差しは、愛しげだ。
 ふと、気になってしまう美咲。
「あの……、つまらないですか?」
「つまらない? どうして」
「だって……」
 美咲の提供できるF1の話題は、きっと竹内からしたらどうでもいいことだ。
「一生懸命話しててかわいいなぁって思ってただけ」
「かかかか」
 からかわないでくださいッ! と言えなくなるくらい美咲の頭は真っ白になる。
 軽く笑って、竹内は話題を戻す。
「おれが観てた頃はセナプロ全盛期だったな」
「せなぷろ? あ、えっと、セナとプロストですね!」
 世代を隔てた反応に、苦笑する竹内。
「チケット取れたら、鈴鹿に行ってみるか?」
「日本グランプリですね! もちろんです!」
「もしかしたらバトンに会えるかもしれないしな」
「え、そうなんですか ! ?」
 思わず身を乗り出してしまう。
「もしかしたら、だよ。おれが昔行ったとき、エディ・アーバインとすれ違ったし。勝手に背中触らせてもらった」
「触れちゃえるんですかッ ! ?」
「たまたま、ホント偶然だったんだろうけど」
「ピットとかでですか?」
 専用のチケットがあれば、ピットに入れると聞いたことがある。
「んや。普通にそこらへんから出てきて」
「そんなことあるんですか?」
「あったんだよそれが」
「すごい! で、ところでエディ・アバインって誰なんです?」
 当時を思い出しているのか嬉しそうな顔をしている竹内だったが、美咲の無邪気な問いにがっくりと肩が落ちる。
「エディ・アーバイン。フェラーリにも在籍してたドライバー」
「あ、そ、そうだったんですか……ははは……」
 失言してしまった。
「どうする? 鈴鹿、行ってみたい?」
「行きたいです!」
「―――泊まりになるけど、それでも?」
 竹内の眼差しが、急に意味深になる。
 彼と鈴鹿に行くという意味は、泊まりでの旅行になるという意味は。
 こくりと、小さく唾を呑み込む。
 付き合って半年。まだ彼とは、そういう関係にはなっていない。
 食後に出された紅茶のカップに手を伸ばし、口へと運ぶ美咲。
 彼と、旅行に行ける。
「やっぱまだ早すぎるのかな」
 ぽつりと竹内の唇からそんな言葉がこぼれた。
 はっとした。
「いえ、違うんです。全然そうじゃなくて」
「無理するな」
「無理じゃないです。早すぎるとかじゃなくて。えと、その……えっと……」
 こちらからはなんというのか、言いにくい。
 言葉に迷って悩んで、長い沈黙が降りてしまった。
 気まずい。そう思ったときだった。
 正面から彼の手が伸びてきて、美咲の頭をわしゃわしゃと乱した。
「じゃあ、チケット申し込んでおくな」
 恥ずかしくて、美咲は頷きをしか返せなかった。





■あとがき■

チケット届く前には……。
なんて思ったりする。